メールで問い合わせが来たら、「まずAIに振る」。福井県福井市の社労士事務所には、そんな運用があります。
「先にAIへ渡すなんて、手抜きではないか」と感じた方にこそ、読んでほしい記事です。この順番には、答え合わせが早くなるという明確な狙いがありました。
今回話を聞いたのは、土肥コンサルティング社労士事務所(福井県福井市)の代表・土肥豊和さんです。110社から120社弱の顧問先を支えながら、「手続きの専門家」ではなく「経営者が判断しやすい環境をつくる事務所」への移行を進めています。
取材中、AIの便利さを尋ねたはずなのに、返ってくる答えはいつも「人が何に時間を使うか」の話でした。
AIにどこまで任せて、どこから人が見るのか。その線引きを、現場の実例と一緒に伺いました。
問い合わせメールは、まずAIに振る

編集長
日々の業務では、AIをどのような場面で使っていらっしゃるんですか?
土肥さん
よく使っているのは、メールの問い合わせ対応です。質問が来たら、まずAIに振ります。先にAIから懸案事項を出してもらってから、自分の考えと突き合わせます。この順番の方が、無駄な時間が減るんです。
社労士事務所とコンサル会社の「両立て」で、約110社を支える
――まず、事務所の全体像から教えていただけますか?
土肥さん:うちは、社労士事務所とコンサルティングの会社の両立てで進めています。コンサルの会社では、いまは会計に特化した形の支援をしていて、人事評価まわりにも入り始めたところです。そちらで経営の話をした後に、社労士事務所の方で通常の社労士業務を回していきます。
――顧問先には、どのような業種の会社が多いのでしょうか?
土肥さん:業種は、実は特に絞っていなくて、まんべんなくいます。110社から120社弱くらいの中で、建設業系もありますし、福祉系もあります。もともと年金事務所で社会保険を扱っていたのが入り口なんです。
社会保険は人件費と連動しますから、加入している会社なら、基本的にはどの業種でも経営の話ができるんですね。だから業種がバラバラなんだと思います。
先にAIへ振ると、「自分が思わなかったこと」が見えてくる
――問い合わせのメールを「まずAIに振る」というのは、具体的にはどのような流れなんですか?
土肥さん:質問のメールが来たら、その内容をAIに貼り付けて、「この質問をどう検討すればいいか」と聞き、懸案事項の洗い出しを先にやってもらいます。回答を書く前に、問題点をAIに一通り並べてもらうためです。そうすると、一つの質問に対して「問題点はここと、ここ」と、論点が出てくるんです。
メールが来た段階で、答えは自分の頭の中に大体あります。でもAIに先に振って検討結果が出てくると、答え合わせが早いんですよ。それに、自分が思わなかった論点も見えてきます。その中から必要事項を整理して、正式な回答を作るという流れです。
――回答のもとになる情報は、どのように管理されているのでしょうか?
土肥さん:労務系のデータがしっかり入った、クローズド(外部に情報が出ない契約環境)のAIを使っています。回答の根拠を信頼できる情報に限るために、AIに答えさせる範囲を分けられる形です。ちゃんとした情報だけを入れた「整理された箱」の中で答えさせるか、外のネット情報も使わせるかを選べます。
整理された箱の中だと、法律や規則に忠実な、堅い答えを返してくれるんですね。「正式にはこうですよね」という答えが、まず出てきます。そこから先は、その答えを顧問先の状況に合わせて「どうアレンジするか」「ここは変えられないか」を私が見極める仕事です。
基本は、その整理された箱の中でやっています。AIの答えが少し微妙だなと思ったら「参考資料を教えてください」と聞けば、元の資料を見て間違いないと確認できるんです。
就業規則も求人票も、AIが下ごしらえをする
――顧問先へお渡しする成果物にも、AIを使っていますか?
土肥さん:使っています。主に私の仕事になりますが、就業規則などは一度AIに読み込ませて綺麗に整えますし、AIに問題箇所を洗い出させるのも早いです。顧問先へWordの形でそのまま返せるのが、ありがたいところです。あとは完全に別の使い方もあります。
Gemini(Googleの生成AI)のジェム(用途ごとに指示を保存しておける機能)を使った、求人まわりの仕組みです。ハローワークの求人情報を集めて、事務所自身の求人票づくりに活かしています。AIの使い方を研修で教えてもらっている先生が作った、プロンプト入りのジェムです。
2026年7月に導入して、まだ使い始めたところですね。
回答の8割9割はAIがつくり、人は「変わったところ」だけを見る

編集長
AIの答えは、そのまま使えるものなんですか?
土肥さん
AIの答えは、8割9割はできています。残りの1割2割を微調整するのか、その場で直すのか、という感覚です。
「厳格にしてください」の一言で、精度は大きく変わる
――人の目でチェックしないといけない、と感じるのはどんなところですか?
土肥さん:つい最近も、AIが参照している条文が、なぜか全然違う条文になっていたことがありました。だからAIに作らせる前に「厳格にしてください」と言います。それだけで間違いがだいぶ減るんです。
AIが推測で作ってくる場合もあるので、「推測は先に外してください」と伝えると、ちゃんと外してくれます。作らせた上で、もう一回AI自身に確認させるところまでやっています。こうした指示は、AIの設定を変えておくことでも実現できるそうです。
新旧を出させて、根拠条文まで確認する
――とはいえ、毎回すべてを確認するのは大変ではないですか?
土肥さん:全部は見ません。たとえば就業規則は、法改正で正しくなくなっているパターンが多いんです。AIに修正の指示をしたら、「どこを修正したのか」だけを確認します。変えたとこだけ教えてね、新旧(変更前と変更後の対照)を出してね、と言えばいいんです。
その新旧が自分の知っている内容と微妙に違ったら、「この変更に根拠条文はあるの」と聞きます。すると「ありませんでした、推測でした」と出てくる場合があるので、そこだけこちらで直すわけです。
法律系は役所がホームページに情報をきちんと載せているので、AIが参照するもともとの情報はしっかりしている方だと思います。
出力の形式をAIに先に渡すと、答えが綺麗に出てくる
――使い方のコツとして、ほかに見えてきたことはありますか?
土肥さん:AIに出力形態をしっかり提示することですね。何を入れて、どういう形で吐き出すかを先に伝えて、「この形で出力してね」と言った方が、きちんと作ります。前に、Excelの書式に合わせて出力してと頼んだことがあります。
すると、いまある資料をベースに、その書式どおりに出してきました。AIも答えの書式が分かっていると、余計な迷いがないんでしょうね。逆にAIで一番手間がかかるのは、既存のデータへの部分修正です。
コメントの入ったWordにAIの修正を少しずつ入れ込むくらいなら、ゼロから作り直した方がよっぽど楽ですよ。
原点は年金事務所の徴収課で、「自分が社長だったらどうするか」を考え続けた

編集長
社労士として独立される前は、どのようなお仕事をされていたんですか?
土肥さん
年金事務所に、ちょうど10年いました。そのうち5年ほどは徴収の仕事で、保険料を回収する側です。一番勉強になったのは、実はクレーム対応でしたね。
クレームから逃げずに向き合った日々が、度胸と聞く力になった
――クレーム対応が一番の勉強だった、というのはどういうことでしょうか?
土肥さん:自分の責任ではないクレームというのは、いくらでも来るんです。法律がどうだ、国がどうだと言われても、こちらではどうしようもありません。でも、そこで人間のいろんな考え方が見えました。若かったですが、逃げずに対応してきたので、度胸がついたと思います。
もともと根性のあるタイプではなくて、びびりですから。それでも毅然と、真摯に聞くようにしていました。最終的には保険料を回収しないといけないので、相手からいろんな情報を聞き出さないと仕事になりません。
相手の会社の決算書も本気で読みましたし、あの現場で得たものは大きかったと思っています。
相談には、独立前から「自分が社長だったら」の目線で答えてきた
――その経験は、いまの仕事にどうつながっているのでしょうか?
土肥さん:徴収課にいた頃、会社から保険料の支払いについて相談を受けることがありました。そのときから、自分が社長だったらどうするかなと考えて、お互いに辛くない方向を話してきたんです。いまもやっていることは同じで、話を聞いた上で「自分だったらこうする」を伝えているだけなんですね。
自分に置き換えて話している内容だから、相談してくる経営者に意外と響いているのかもしれません。自分が嫌なことは、嫌って言いますから。
――経営者の相談相手になる、という立ち位置は最初から決めていたんですか?
土肥さん:当初からありました。うちは基本、社長と契約します。社長は困ったとき、社長同士で相談することが多いんですが、本当に細かい話まではできません。じゃあ誰が意思決定の補完をするのか。そうなったときに、社労士の私が会計も知っていれば、経営の相談に入っていけます。
ナンバーツーのような形で入るのが、私の立ち位置です。その立ち位置でないと、結局付加価値は作れないと思っていました。
作業はAIに任せて、人は「答えの前」に時間を使う

編集長
「判断の質を高め、成長を加速する」という理念を掲げていらっしゃいます。この言葉は、どこから出てきたんですか?
土肥さん
作業だけでは食っていけない、と考えたところからです。作業はAIが代わってやる時代に、作業以外で残るところは、意思決定しかないんですよ。
まず自分たちの作業時間を、50パーセント以下まで減らす
――「作業だけでは食っていけない」と考えたとき、事務所として何から変え始めたのでしょうか?
土肥さん:まず、私たち自身の作業量を減らさないといけません。AIを使って、作業時間をいかに減らせるか。目標は、いまの作業を50パーセント以下にできるかどうかです。そこまでできたら、私たちの勝ちかなという感覚があります。
作業はAIが代わりにできてしまうので、作業して戦っても、駆逐されると考えているんです。残るためには、判断の側へ行くしかありません。いまは私が自分の作業をスタッフに渡して、空いた時間でAIの設定をやり切ろうとしています。私は開発部隊です。
私が設定したものを社員が使えば、「これをやったら時間が減っていくね」となります。社員の時間が減ったら、その分を判断の仕事に回すよう、次の指示が出せるわけです。
答えは大体できていて、難しいのは「答えの前」の手順
――判断に時間を回すと、判断の質はどう上がっていくのでしょうか?
土肥さん:正式に言うと、答え自体は大方できているんですよ。「これをしたらいい」「これはしてはダメ」という正解は、既にあります。難しいのは、その最終形へ持っていくまでです。丸(正しい最終形)にする前に、三角(悪くはないが途中の形)を何回か挟むわけですね。
その三角をどういう手順でやるかは、相手の出方や会社の状況によって変わります。だから何パターンか提示しないことには、社長も判断のしようがありません。いろんなパターンを考える時間も、能力も必要になります。答えの前が重要なんです。
そこはAIに慣れてくると、パターンがすぐ出てくるようになります。しっかりしたデータが手元にあれば、推測ではなく統計で話せます。判断の質は、そうやって上がっていくと思うんです。
目指すのは、会社の総務をまるごと引き受ける事務所
編集長
これからは、どのような事務所にしていきたいですか?
土肥さん
人事労務系の総務を、まるごとお引き受けする事務所です。会社が総務のために一人雇うより、うちに任せてもらえばいい、と考えています。そうすれば会社は、請求書などの会計まわりに選択と集中ができます。
最低限の情報だけもらって回すから、「丸投げであって、丸投げじゃない」
――総務を外へ任せることに、抵抗のある経営者もいそうです。どう考えればいいのでしょうか?
土肥さん:顧問先から最低限の情報だけもらえれば、うちが整理した後はどんどん進めます。丸投げであって、丸投げじゃないんですよ。作業しない事務所なのに、と変に聞こえるかもしれません。ただ、作業をどんどん早くできれば、うちにとってはもう作業ではなくなります。
それでも顧問先からしたら、間違いなく本当の作業です。だから、いまの作業を効率よくできたもん勝ちだと思っているんです。それに、総務を受ければ顧問先の会社全体のデータが分かります。そのデータをもとに社長としっかり話せるので、先ほどの「判断の質が上がる」にもつながっていくわけです。
一緒にやろうと言ってくれる人と、やりたい
――どのような会社の役に立ちたい、というイメージはありますか?
土肥さん:そんなに難しくなくて、私とうちの事務所を信用してくれる人ですね。「一緒にやりましょう」と言ってくれる方なら、多少安くても最大限頑張ります。正直、ミスがゼロという意味での100パーセントはないんです。どれだけプロがやっても、ヒューマンエラーは必ずあります。
そのときに「ごめんなさい」「それは仕方ない、今度から気をつけてくださいね」と言い合える関係でないと、続きません。お金だけではないんです。そういう関係を築ける方と、やっていきたいと思っています。
迷っている人には「使わずに稼ぐ方が難しい」と伝えたい

編集長
AIを取り入れるか迷っている、同業の士業や中小企業の経営者に、ひとことお願いできますか?
土肥さん
こんな便利なもの、なぜ使わないの、というレベルですね。車があるのに、なぜ運転しないんですか、というくらいの感覚でしょうか。
車もスマホもETCも、「使わない」方が難しくなってきた
――「車があるのに運転しない」とは、印象に残るたとえです。その感覚を、もう少し詳しく教えていただけますか?
土肥さん:別の言い方をすると、昔なら携帯があるのに固定電話しか使わないの、という話ですよ。それがスマホになって、いまさらガラケーに戻りますか、というのと同じでしょう。ETC(高速道路の自動料金収受システム)も、15年ほど前は付けている人が少なかったのに、いまは9割になりました。
キャッシュレスも、同じ流れだと思います。使わずに稼ぐ方が難しいんですよ。みんなが車を運転しているのに、自分だけ自転車で勝負しますか、という勢いの差が出ます。もちろん、AIを使わない路線で食べていける方法を考えるなら、それも一つの道でしょう。
ただ、その場合は戦略を根本から変える必要があります。私には、そちらの方が難しく見えました。
AIの使い方が分かるほど、仕事はどんどん速くなる
――実際に使い続けてみて、どのような実感がありますか?
土肥さん:AIは、使い方が分かれば分かるほど、仕事がどんどん速くなるんですよ。最近はClaude Code(作業を任せられる対話型AI)も、サポートを受けながら画面共有で軽く触りました。
事務所のデータをデスクトップアプリで扱うと、データの抽出も含めて、私がやろうと思っていたことを先回りしてやってくれます。いや、びっくりしました。だからこそ、その場で使って終わりにせず、AIを資産にしないといけないと思っています。AIは、攻める材料でしかないですから。
事務所概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事務所名 | 土肥コンサルティング社労士事務所 |
| 併設法人 | 株式会社福岡マネジメント事務所(コンサルティング事業・福井県福井市) |
| 代表者 | 土肥 豊和(どひ とよかず) |
| 所在地 | 福井県福井市手寄2-3-1 |
| 電話 | 0776-89-1694 |
| 事業内容 | 社会保険労務士業務(労務相談・各種手続き・就業規則)、人事・会計に関するコンサルティング |
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インタビューを終えて
「AIの使い方を聞かせてください」と始めた取材でしたが、振り返ると、土肥さんの答えはいつも人の話に戻っていました。先にAIへ振るのも、出力の形式を先に渡すのも、人が確認に使う時間を絞るためです。そして作業を減らすのは、答えに至る途中の「三角」を考えることに、人の時間を使うためでした。
順番が逆なんだと気づかされます。AIに何をさせるかを考えるのではなく、人が何に時間を使うかを先に決めていく考え方です。そうすると、AIに渡すものはおのずと決まっていきます。
「こんな便利なもの、なぜ使わないの」という言葉が、取材を終えたいまも耳に残っています。使い込んだ人の実感は軽やかで、その分だけ重みがありました。福井の年金事務所の隣りで、判断の質を高める事務所づくりが、もう始まっています。

